父親は毛沢東の時代の大建築家で、天安門広場に面してたつ列柱が圧倒的な観閲を設計している。本人はアメリカに留学して、ヒューストンのライス大学で教鞭をとったのちに、北京大学に教授として招かれた。その後アメリカの名門校であるMIT(マサチューセッツ工科大学)に招かれて、建築学部長となった。アメリカの大学では、アジアからの留学生を獲得するために、アジア系教員をトップに据えるケースが増えている。ミャンマー系少数民族の血をひき、高校を出てから香港で工員として働いていた。
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ある日幼なじみが訪ねてきて、目の前で英語を自由にしゃべる様子をみて、一念発起し、イギリスにわたり、苦労の末にケンブリッジ大学を卒業して中国に戻った。ディベロッパーとして中国の生活と社会を変革するのが彼女の夢であった。この二人が企画する「コミューン」は、はたしてどんなものになるのか。実をいうと彼らから誘われるまで、僕にとって中国の建築の印象は最悪であった。アメリカの八〇年代風超高層の、二流のコピーで埋めつくされた、地のはての、文化の欠如した成り金な風景。そのさびしい風景の拡大再生産に加担するのは、本国では食えなくなった欧米の三流設計事務所。毛沢東もなめられたもんだなあというのが、中国の建築デザインに対する印象であった。